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 8-6 小浜城訪問記 08/06/22 

 小浜城は、関が原の戦いの後、若狭に入った京極氏により、小浜藩8万5千石の居城として、小浜湾に注ぐ北川と南川に挟まれたデルタ地帯に築城されました。内堀で囲まれた本丸の周囲に、二の丸・三の丸・北の丸・西の丸が配置され、さらに北川と南川が外堀の役目を果たしていました。京極氏は2代で松江に転封した後、譜代の酒井忠勝が入部、酒井12万石は維新まで14代続きました。

 このように小浜藩の歴史を振り返っていると、国(若狭)の最大の藩であること、石高の規模、譜代大名が維新まで国替えもなく存続したことなどなど、作者のふるさとの大垣藩と共通点も多く、どうも親近感を覚えてしまいます。小浜城が小浜湾に臨む海城、大垣城は内陸ではありますが、輪中地帯に浮かぶ「水城」とも言われていることから、「水城」という点でも共通している、言えなくもないようです。

 さて、現在の小浜城の状況を確認しておきましょう。小浜城の建物は維新直後の火災で大半が焼失、焼け残った天守閣も明治7年に解体されています。石垣は残されていたものの、城址を挟む北川・南川の氾濫で石垣の一部が流失、さらに河川の拡張により北の丸と二の丸が消失し、現在は下図にみられるように、本丸と三の丸が残されているのみです。

 大垣城が、内堀と外堀のほとんどが埋め立てられて市街地と化したのに対し、こちらは「外堀」の拡張工事により、城郭の一部が川の中に沈んでしまったということになります。城郭ファンにとっては、ちょっと残念な状況ですね。

「縄張り図」と「現在図」の重ね図(小浜神社の案内図より)


 三の丸

 本丸はほぼ全域が、藩祖・酒井忠勝を祭る小浜神社の境内となっています(写真左)。ただ、地図からも分かりますように、本丸の東側は削られていて消失しています。境内から本殿とは反対の西側を望んだのが写真右。住宅地辺りから正面行き止まりの白い建物までが、内堀の跡になります。

小浜神社 鳥居から西側を望む

 白い建物が現在の裁判所、その西側の通路が国道162号線(地図参照)。重ね図からすると、この国道が三の丸の西端のいうことになります。南川に沿ってさらに東へ行って見ます。写真右側の裁判所の裏が、大手門跡に当たるようです。ただ、三の丸とその東にあった外堀の境界線は、確認できませんでした。

内堀跡。現・国道162号線 大手門跡。現・裁判所


 本丸

 それでは、本丸を一周することにしましょう。とはいっても、本丸は周囲を住宅地に囲まれていて、遠方からその様子を眺めるということは不可能です。ビューポイントは2つ。ひとつは、北川の北岸から(写真左)。ただ、こちらも石垣の一部が顔を出しているだけ。そして、もうひとつが本丸の西から(写真右)。本丸の西側の内堀跡は、草地として放置されていて、ここからは本丸全体が見渡すことができます。右端のやや高い部分が、天守台です。

北川を挟んで、北側から本丸望む 南側から本丸を望む

 
ぐっと近くまで進んだのが写真左。本丸外側から天守台全体を望むことができる唯一の場所です。あとは、東側からほんの一部みえるだけ(写真右)、これだけの規模の天守台が残されているというのに、遠くから鑑賞できないというのは、真に惜しいですね。

西から天守台を望む 東から天守台を望む

 本丸の周囲を散策していて、間近に石垣を見ることが出来る箇所が他にもあります。境内の北西隅(写真左)と本丸の北東隅(写真右)。上の地図で確認すると、赤線で囲まれている区域が境内で、本丸の東側は削れていて、鳥居の前の通路になっているようです。

本丸の北西隅。 本丸の北東隅。

 さて、いよいよ本丸内部へ。本丸の中央には、神社本殿が鎮座し、その周囲にはほぼ完全な状態で石垣が残されています。そして、本丸の南西隅に天守台があります。内側から見たのが写真左、天守西側の西櫓跡から見たのが写真右。周囲の2階建ての住宅と比べても、その規模がわかりますね。

 でも、それ以上に、天守台の真下に住宅が建てられているのに、違和感を感じますが、まあ、居住者にしてみれば、裏庭に石垣があるようなものですね。

内部から見た天守台 西からみた天守台


 本丸を取り囲む石垣を周囲から眺めるのは難しいですが、石垣の上は草が刈られ、きれいに整備されていて、散策することができるようになっています。石垣の真下まで住宅地が広がっていて、風光明媚とは行きませんが、この天守台に建っていた三層三階の天守閣からは、小浜湾や小浜の城下町が一望できたであろうことが、想像できました。

天守台から 乾櫓跡から


 天守閣復元整備計画

 小浜市内の福井県立若狭歴史民俗資料館には、その小浜城天守閣の45分の1の模型が展示されています。小浜城訪問の前に、見学してきました。三層ながら下見板張の重厚な外観。荘厳な雰囲気ですねぇ。撮影許可をいただいたのですが、サイトにアップは不許可。何でも、小浜城に天守閣が現存していると勘違いして、来訪する人がいて、それが一番困るとか。その代わり、模型の画像は、小浜市公式サイトのこちらで見ることができます。
 
  実は、その小浜城天守閣に復元整備計画があることは、訪問を決めるまで知りませんでした。厳しいご時世ではありますが、是非とも城郭跡地の整備、および天守閣の復元を、一城郭ファンとして期待したいものです。その節には、是非もう一度、小浜城を訪れてみたいですね。